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シュノンソー城 その5 [サントル・ロワール地方]

 お城を始め、美しい庭園や非公開の場所、そしてスタッフの日々の仕事などを見せてくれたシュノンソー城シリーズも今日が最後になりました。

 

 アデリーヌさんとジェシーさんが行っていたルイ14世の肖像画の修復が完成したようです。

 

 シリーズの五回目をご覧ください。

Paris_Chenonceau.jpg



 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2015年10月8日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 今年、フランス国王ルイ14世の没後300年にあたるそうです。

 

 太陽王と呼ばれたルイ14世の肖像画を飾るのにふさわしい大きな額。5人がかりで運んでしました。

 

 「大きくて重いですからね。ドアを開けて通るのが大変でしたよ」とスタッフの男性。

 

 修復を終えた肖像画を額にはめ込み、壁に掛けます。

 

 額の重さだけで150キロ。大変な作業です。

 

 「修復はうまくいきました。何度もここに来て見てしまいます」と嬉しそうに話すアデリーヌさん。

 

 修復には4ヶ月近くかかったそうです。一仕事終えて喜びもひとしおでしょう。記念写真をパチリ。

 

 一方、生花担当のオレリーさんとマリオンさん、大きなお花をお城の中へと運び込みます。

 

 落ち着き先は3階のお部屋。

 

 「この部屋にぴったりの花だわ。私なんてお城の花を全部写真に撮ったのよ」と見学者の女性。

 

 「手が行き届いていてとっても美しいわ」と別の女性。

 

 「皆さんに褒めてもらえるとまたがんばろうという気持ちになります」とオレリーさん。

 

 ニコラスさんも畑仕事に励んでいます。

 

 今日はレストラン用に小玉ねぎとサラダ菜を植えることにしました。

 

 「お城に野菜畑があるなんて、フランスのお城に独特のものです。そこが魅力的なんです」とニコラスさん。

 

 そして最後にガイドクレールさんが、橋の上に作られた回廊へと案内してくれました。

 

 「第一次世界大戦中、お城は軍の病院として使われました。そしてこの回廊には120床あまりのベッドが並べられました」とクレールさん。

 

 治療を受けた兵士の数は全部で2,254人。お城に電気が通じるようになったのはこの時からだそうです。

 

 それから1世紀後の今、こうして多くの観光客がシュノンソーを訪れます。

 

 “貴婦人たちのお城”と呼ばれるにふさわしいお城でした。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、うちの子が初めて幼稚園に行って帰ってきた。泣き叫ぶこともなく、平和に1日が過ぎたと思ったのも束の間、1時間後の園からの電話で、うちの子がワンピースのボタンを鼻に詰め込み取れなくなり病院に駆け込んだと聞かされた[あせあせ(飛び散る汗)]

 

VDM (Vie de merde)より




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シュノンソー城 その4 [サントル・ロワール地方]

 敷地の中にはレストランもあるシュノンソー城。美しいお城を見学した後は、美味しいご馳走が食べられそうです。

 

 シリーズの四回目をご覧ください。

Paris_Chenonceau.jpg



 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2015年10月8日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 カゴを抱えたシェフのクリストフさんが向かった野菜畑では、様々なものが栽培されていました。

 

 皆さんが試食していたのはパイナップルトマト。黄色いトマトです。どんなお味なんでしょう?

 

 他にもいろんな種類のトマトが育てられているようです。

 

 「畑の野菜を収穫にきました。料理に使うんですよ。お昼のメニューに出しますよ」とシェフ。

 

 シェフは毎日ここにやってきては様々な食材を手に入れているようです。その中にはこんなきれいなお花も含まれます。

 

 カゴがいっぱいになったところで厨房へ。

 

 厨房ではすでにスタッフが料理の準備を始めていました。

 

 今日のランチは、トゥール地方の豚ロワ・ローズのフィレと、かわめんたい(魚)のアーティチョーク添え。

 

 前菜には、モッツァレラチーズと4種類のトマトと2種類のバジルの盛り合わせ。ソースはピストゥを使っているそうです。

 

 ピストゥと言えばプロヴァンス地方のソース。バジル、にんにく、オリーブ油、塩で作ったソースです。

 

 コスモスの花びらは川魚の料理に使われました。

 

 そして花はデザートにも活躍します。

 

 「花から発想を得てデザートを作ることがよくありますよ。赤い果物と一緒に使うことが多いですね」とパティシエ。

 

 さて、16世紀のお料理はここまで洗練されてはいなかったようです。

 

 シェフがお城の地下にあるかつての厨房を案内してくれました。

 

 これだけのお城となると、厨房もそれなりの規模です。

 

 コートかけのような場所にはジビエやお肉を引っ掛けて保存していたようです。

 

 窓の外に目をやると、雨が降り出しました。

 

 その中を花壇に向かうニコラスさんと生花担当のオレリーさん。

 

 お城に飾る花を摘みに来たようです。

 

 画家が絵の具の色を選ぶように、オレリーさんも必要な花を選んで持ち帰ります。

 

 ここでは50箇所に飾る生花を制作しています。

 

 よく見ると二人ともシュノンソー城のTシャツをきていました。

 

 こうしてオレリーさんが手にする花は一週間で1万本にもなるそうです。

 

 「ボリュームのある大きな花を使うことが多いですね」とオレリーさん。

 

 夜になり最後の見学者がお城を後にしたあともスタッフには大事な作業が待っています。

 

 あの大きな肖像画を元の場所に戻す作業です。

 

 修復の終わった額をぶつけないように運びます。

 

 次回に続く。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、ネットで知り合った男性と初めてレストランで食事をすることになった。より打ち解けた雰囲気にしようと思ったのか、彼は奥さんと子供連れでやってきた」

 

VDM (Vie de merde)より




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シュノンソー城 その3 [サントル・ロワール地方]

 庭園を管理する庭師、お城を華やかな花で飾る生花係、美術品の修復家など、シュノンソー城は大勢の人たちによって支えられています。

 

 そして、ここを住まいにした王妃たちの歴史が刻まれています。

 

 シリーズの三回目をご覧ください。

Paris_Chenonceau.jpg



 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2015年10月7日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 花の蜜を求めて庭園を飛び回るミツバチたち。

 

 ここには6つの巣箱があり、24万匹のミツバチたちが暮らしています。

 

 美術品の修復を担当しているアデリーヌさんとジェシーさんがここにやってきたのにはわけがありました。

 

 修復に欠かせない蜜蝋をもらうためだったのです。

 

 「蜜蝋は18世紀すでに使われていました。そしてそれは今でも変わらないのです」とアデリーヌさん。

 

 二人はアトリエに戻ると、さっそく作業にとりかかります。

 

 蜜蝋を削ってなにやら粉を混ぜ合わせています。

 

 器を見ると、ボンヌママンのジャムのフタでした。きっと使い勝手がいいんでしょうね。

 

 「これをタンポンで少しずつ塗っていきます。こうすると、わざとらしくなく自然に古びた感じになります」とアデリーヌさん。

 

 ミツバチもまたお城を支えるメンバーの一人だったのですね。

 

 お城から見た庭園。今はお花であふれていますが、16世紀、カトリーヌ・ドゥ・メディシスの時代とはだいぶ違っているそうです。

 

 幾つかの花はニコラスさんが新しく植えたもの。

 

 「イタリアからやってきたカトリーヌ・ドゥ・メディシスは、一緒にレモンやオレンジやオリーブの樹を持ってきてここに植えました」

 

 カトリーヌの次に城主となったのがフランス国王アンリ3世の王妃ルイーズ・ドゥ・ロレーヌでした。

 

 1589年、アンリ3世が暗殺されると悲しみのあまりルイーズは自分の部屋を含むほとんどの部屋の壁を真っ黒に塗ってしまいます。

 

 そして自分は白い衣服に身を包み喪に服してすごしたそうです。

 

 そのため“シュノンソーの白い貴婦人”と呼ばれました。

 

 さて、次はガイドクレールさんが屋根裏部屋へと案内してくれました。

 

 そこは僧侶たちが暮らす部屋。いわば小さな修道院です。

 

 中に入るためにはこんな仕掛けがしてありました。

 

 なんだか忍者屋敷ですね。修道院を守るための仕掛けだったようです。

 

 屋根裏部屋にしては暖炉もあり、割に広々としています。

 

 窓からは見事な風景がのぞめました。

 

 お城から少し離れた敷地内にはオランジュリ(オレンジ温室)があり、今はレストランになっています。

 

 そのシェフが野菜の仕入れに出かける場所は・・・敷地内にある野菜畑。

 

 次回に続く。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、なんのパーティーかよく分からずに、ネクタイスーツ姿で出席した。すると、みつばちマーヤやバットマンやフランケンシュタインに、ボーイ扱いされてしまった」

 

VDM (Vie de merde)より




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シュノンソー城 その2 [サントル・ロワール地方]

 緑に囲まれたシュノンソー城。

 

 地図で見ても、お城の周りには優にその100倍はありそうな広い庭と森が広がっています。

 

 庭と森があってこそのお城。シリーズの2回目をご覧ください。

Paris_Chenonceau.jpg



 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2015年10月6日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 歴代の城主が女性ということもあって、庭園には美しい花が咲いています。

 

 主な庭園は2つ。“ディアーヌの庭”と“カトリーヌ・ドゥ・メディシスの庭”です。

 

 その庭を手入れしているのがアメリカ人のニコラスさんです。

 

 「この花はここ独特の花です。茎がとても硬くて長いですね。花はしっかりとした色合いをしています。この庭で生まれた花です」

 

 ニコラスさん、見学の方と会話を交わすこともたびたびだそうです。英語訛りのフランス語でがんばっています。

 

 「目の保養になるわ」と見学の女性。

 

 「こんなに素晴らしい庭を作るなんていい仕事してますね」と男性。

 

 お城のここかしこに飾ってある花は、すべてお城の庭で育った花です。

 

 ゴージャスで気品のあるシュノンソーのイメージにふさわしいお花ばかり。

 

 さて、前回、ガイドクレールさんが約束してくれた場所をいよいよ案内してくれます。

 

 一般の見学者には公開されてない場所です。

 

 階段をどんどんおりていくと・・・扉が2つ。

 

 右の扉をあけると、そこは礼拝堂でした。

 

 かつてカトリーヌ・ドゥ・メディシスはこのトリビューンと呼ばれる高い席でミサに出席しました。

 

 自分の部屋から直接ここに来られるように作られています。

 

 先ほど見た2つの扉のうち左側のがその部屋に続く扉のようです。

 

 この礼拝堂、フランス革命の時には城主だったデュパン夫人が暖房に使う薪を貯蔵する倉庫として使ったため破壊を免れたそうです。

 

 「ここに薪を並べて、宗教的なものを全ておおい隠したのです」とクレールさん。

 

 一日が終わり、夜の闇に浮かび上がるシュノンソー。美しいですね・・・。

 

 夜があけるとともに活動を開始するのがミツバチたちです。お城の森の中では養蜂が行われています。

 

 そう言われると、あれだけたくさんの花が咲いているんですから、きっと美味しい蜜もたくさん取れることでしょう。

 

 養蜂家のティエリーさんは2週間に一回、こうしてミツバチたちの様子を確認することにしています。

 

 お城の中だけではなく、ここにも女王がいたのですね。

 

 ティエリーさんたちがミツバチの世話をしているところに、修復を担当している女性二人がやってきました。

 

 蜜蝋をもらいにきたのだそうです。

 

 次回へ続く。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、娘がハチミツを探して台所をうろうろしていた。夫も私も寝室のナイトテーブルの上にあるとは言い出せなかった」

 

VDM (Vie de merde)より




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シュノンソー城 その1 [サントル・ロワール地方]

 ロワール川渓谷のお城の中でも、“貴婦人たちの城”として知られる美しいシュノンソー城。

 

 今日から5回のシリーズでこのお城を訪ねます。

Paris_Chenonceau.jpg




 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2015年10月5日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 ロワール川の支流シェール川を上流に向かって進むと見えてくるのがシュノンソー城です。

 

 なんとも優雅なお城。

 

 このフランス・ルネッサンス様式の傑作とも言われているお城では、100人ほどの人たちが働いています。

 

 生花係り、修復係り、料理人、庭師など、全員がやりがいを感じながら仕事に専念しています。

 

 美しいのは建物だけではありません。幾何学模様のフランス庭園もまた見事です。

 

 庭園の管理責任者がニコラスさんです。庭師というだけではなく植物学者でもあります。

 

 「庭全体を見て回ります。毎日、しなければならないことが何かしら必ずあります」

 

 ニコラスさんはフランス式庭園に魅せられ数ヶ月前にアメリカのペンシルベニア州から来たばかりだそうです。

 

 フランスのお城の庭園を管理しているのがアメリカ人だったとは少し驚きです。

 

 ここは“ディアーヌの庭”。

 

 「シュノンソー城の庭園はヴェルサイユやヴォルヴィコント城の庭園の元となりました」とニコラスさん。

 

 花の数は5000本もあるそうです。

 

 シュノンソーは1513年にカトリーヌ・ブリソンネによって建てられました。

 

 カトリーヌは、シャルル8世からフランソワ1世までの三代にわたってフランス国王に使えた財務長官トマ・ブリソンネの奥方でした。

 

 その後、お城の主となったディアーヌ・ドゥ・ポワティエ(国王アンリ2世の愛妾)が橋をかけ、その次に城主となったカトリーヌ・ドゥ・メディシス(国王アンリ2世の王妃)が橋の上に二階建ての回廊を作らせました。

 

 それが今日のシュノンソーの姿です。

 

 このお城の中で行われているのが美術品の修復です。

 

 現在行われているのはルイ14世の肖像画の修復です。

 

 金の彫刻のような額の修復を担当しているのがアデリーヌさん。

 

 さきほど液体と白い粉を混ぜて作っていたものを団子状に丸めて少しずつこうして額に足して行きます。

 

 これは根気のいる大変な作業ですね。1日に10時間働くこともあるとか。

 

 肖像画を担当しているのがジェシーさんです。

 

 300年も前の絵画と同じ色を再現するのが一番難しいそうです。

 

 「まずは絵を隅々までチェックして、その時代によく使われていた色を考慮し、修復用の色を決定します」とジェシーさん。

 

 こうして静かに修復作業が続けられている一方、ガイドの女性が観光客には解放されていない場所へと案内してくれます。

 

 次回へ続く。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、僕の彼女と一緒にアテネに行った。アクロポリスで観光ガイドをやったことのある僕は、彼女にいろいろ説明してやった。小1時間ほど話してふと振り向くと、真剣な眼差して耳を傾けているフランス人がぞろぞろ付いてきていた」

 

VDM (Vie de merde)より




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フランス時代のダ・ヴィンチ 前編 [サントル・ロワール地方]

 以前の記事でフランス国王フランソワ1世の特集をしたことがありますが、シリーズの最後に登場したのが“マリニャンの戦い”です。

 

 今からちょうど500年前の1515年、国王に即位したばかりのフランソワ1世がミラノ公国の覇権を巡って勝利したのがこの戦いです。

 

 ミラノ公国を手に入れたフランソワ1世は、王のお抱え画家として、またエンジニア及び建築家としてレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに招きます。

 

 当時64歳という高齢にもかかわらず、ダ・ヴィンチはラバにまたがり、使用人と弟子と描きかけの絵3点とともにアルプスを越え、はるばるフランソワ1世の居城アンボワーズ城へやってきます。

 

 今日と明日の2回に分けて、このフランスでのダ・ヴィンチについて紹介します。

 

 本日は、まずダ・ヴィンチが晩年を過ごした場所を訪ねてみましょう。

Paris_Amboise.jpg

 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2015年9月6日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下にある文字をクリック

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。



 ロワール川の岸辺に建つアンボワーズ城。国王の住まいにふさわしいりっぱなお城です。

 

 このお城の中にある小さな礼拝堂にダ・ヴィンチは眠っています。

 

 「ロワールのお城とは、亡霊のための乗り物のようなものです。亡霊というのはフランスの国王や女王であり、もちろんダ・ヴィンチのその中に入ります。しかし彼はいつも新しい時代の人なんです。彼の作品は近代の生活とつながっているのです」とお城の管理者。

 

 このあごひげを生やした方がダ・ヴィンチをフランスに呼んだ張本人です。

 

 ダ・ヴィンチは晩年の3年間をこのクルーの館で過ごしました。

 

 案内してくれるのはダ・ヴィンチおたくで知られる作家のゴンザグさんです。

 

 なんとこの方の一族がクルーの館のオーナーで、ゴンザグさんはここで育ったそうです。

 

 館の中は博物館になっていて、ダ・ヴィンチにちなんだ品が展示されています。

 

 「ダ・ヴィンチは才能に溢れた人で、様々なものを発明しました。今でいうところの、飛行機、自動車、さらにはエアコンまで発明したんです」

 

 アニメーションに登場した空飛ぶ翼は今のハンググライダーそっくりです。

 

 ダ・ヴィンチの発明品は当時の技術の限界を超えるものばかりでした。

 

 「これは戦争で使う戦車です。さらに潜水艦なんてなかった時代に装甲した船も発明していました」

 

 アニメーションをみるとどんな仕掛けになっていたのかよくわかります。

 

 しかし、唯一の問題は、当時、モーターという動力がなかったこと。

 

 ダ・ヴィンチの発明品に夢中になっていたら、お昼を告げるラッパの音がどこからか聞こえてきました。

 

 厨房を尋ねると・・・この方、フランソワ1世を巡る旅シリーズにも登場したシェフではございませんか!

 

 フランソワ1世の時代の食事を再現して食べさせてくれるお店のシェフです。

 

 お料理だけでなく雰囲気も再現してくれるみたいです。

 

 最後に、またクルーの館へ戻ってきました。

 

 「この館の秘密を一つお教えしましょう」そう言って地下へ入っていくゴンザグさん。

 

 「この地下道はアンボワズ城とつながっています。フランソワ1世は、折に触れここを通ってダ・ヴィンチに会いに来ていました。そして、人生の先輩であり尊敬する哲学者でもあったダ・ヴィンチの話に耳を傾けていたのです」

 

 ダ・ヴィンチはクルーの館で息を引き取りますが、その時の様子を描いたのがこのアングルの作品です。

 

 ベッドの傍らにフランソワ1世が描かれていますが、実際には国王はいなかったそうです。

 

 そして今、クルーの館の中をあのドローンが飛び回っています。

 

 これを見たらダ・ヴィンチは大喜びしたかもしれません。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、レオナルド・ディカプリオがパリにやってきた。偶然その場に居合わせた私は女の子たちの集団に紛れ込み近くまで行くと興奮して『レオ〜!』と叫んでしまった。私は40歳。学校で教師をしております[あせあせ(飛び散る汗)]

 

VDM (Vie de merde)より





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フランソワ1世を巡る旅 その5 [サントル・ロワール地方]

 シリーズの最後は、ミラノ公国を巡る戦い“マリニャンの戦い”です。

 

 1515年にフランス王に即位したばかりのフランソワ1世が、ミラノ公国の支配を巡ってスイスと戦い勝利したのが、このマリニャンの戦いです。

 

 フランス中西部の町ロモランタン=ラントニーで、この戦いが当時さながらに再現されました。

Paris_RomorantinL.jpg

 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2015年7月24日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下にある文字をクリック

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。



 昔の衣装を身につけた方々が、厳かにこちらに向かって行進してきました。1515年当時の再現です。

 

 1515年といえば、日本は群雄割拠の戦国時代。戦いに明け暮れていた時代でした。

 

 そしてヨーロッパでもまた国の勢力を巡って争いが絶えなかったようです。

 

 そのような争いの一つがマリニャンの戦いでした。

 

 その戦いを再現するために、こうして300人の役者さんたちがロモランタン=ラントニーに集められました。

 

 本日はリハーサルの日です。

 

 16時間も続き16,000人もの死者を出した壮絶な戦いの再現です。

 

 300人ではちょっと迫力に欠けるような気がしますが、目を引くのがその見事な衣装。

 

 作ったのは、パリのバスティーユのオペラ座の衣装を担当していた方だそうです。

 

 全部の衣装を作り上げるのに2ヶ月かかったとか。

 

 「私たちが作ったのは、あの肖像画で有名なルネッサンスのフランソワ1世ではなく、中世の香りの残るフランソワ1世です」と衣装担当のアンヌ=マリーさん。

 

 フランソワ1世は王に即位後、イタリアを旅したことで、ルネッサンスの影響を受け変化して行ったようです。

 

 あのレオナルド・ダヴィンチをフランスに迎え入れたのは、マリニャンの戦いに勝利した直後のことでした。

 

 そんな王様に扮するのが、黒いポロシャツ姿のミカエルさんです。本業は役者さん。

 

 本日は衣装あわせのためにアトリエにやってきました。

 

 下着の他にいろんなものを着込んで出来上がったのがこれです。このスタイル乗馬とは!

 

 しかし、ミカエルさん、乗馬の名手だったフランソワ1世と同じくらい素晴らしい手綱捌きです。これなら本番も大丈夫でしょう。

 

 集められた役者さんたち、フランス人だけではありません。チェコ人もいれば英国人もドイツ人もいるそうです。

 

 皆さん、歴史の再現を心から楽しんでいるようです。

 

 会場には観客席もすでに設置されています。本番は7月24日と25日でした。

 

 当日は衣装をまとった役者さんたちが町をパレードしたりとにぎやかだったようです。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、私はオーディションを受けては合格できない失業中の役者。今朝、一緒に連れて行ったうちのネコがオーディションに受かって役をもらった」

 

VDM (Vie de merde)より





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フランソワ1世を巡る旅 その4 [サントル・ロワール地方]

 シリーズの四回目は、フランソワ1世が居城としていた丘の上のアンボワーズ城のふもとにある、ちょっと変わったレストランを訪ねます。

Paris_Amboise.jpg


 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2015年7月23日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合はウィンドウの下にある文字をクリック

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。



 レストランL’Auberge du Prieuréは、アンボワーズ城と地下通路で繋がっているクルーの館クロ・リュセに隣接しています。

 

 ここでは、フランソワ1世の時代の食事を再現してお客様に出しているそうです。

 

 厨房では料理人がお仕事の真っ最中。ムスカデ、フェンネル、クローブなどの香辛料の香りが漂います。

 

 中世にはなかったこの香辛料が、ルネッサンス期の料理の特徴です。

 

 「ルネッサンスの時代には、食事に別の要素が加わります。つまり、食べるだけではなく、食べることによって元気になる、健康でいられるという考え方が生まれたのです」と、昔の料理を再現するのが専門の料理人ステファヌさん。

 

 料理の準備が完了したら、今度は昔の衣装に着替えお客様をお迎えします。

 

 「フランソワ1世も今と同じように、健康でいるためにノルマンディのバターや生クリームを食べたのです」とステファヌさん。

 

 こんな風に細長いテーブルに全員が集まって仲良く食事をするのが当時の食べ方だったのかもしれません。

 

 皆さんが召し上がっているのは、トゥール地方のワインソースとカモのコンフィ+クローブ風味のニンジンのピュレ。

 

 そしてお供のワインは、香辛料入りの甘いワイン。

 

 「ワインも食前酒もメイン料理も、すべて香辛料の味がしますよ」と女性客。

 

 「昔の人はすでに上手に食べることを知ってたんでしょうね。ご馳走でありながらも、これなら太らないし、コステロールも少ないですからね」と男性客。

 

 昔の料理が次々と生まれるステファヌさんの厨房。昔のレシピをよく研究した上で作るそうです。

 

 15世紀末には新大陸の発見があり、世界が大きく動いている時代でした。

 

 大胆なフランソワ1世は新しいものを好み、それが新しい料理を生む原動力にもなったようです。

 

 「新大陸の発見で、香辛料やハーブなどがどんどん国内に入ってくるようになり、それが新しい風味や味わいをもたらしたのです」などと料理人が解説しながら作っていたのは、子豚の料理。

 

 当時は健康志向が強かったせいか、赤いお肉より白身のお肉が好まれました。

 

 そして新しい野菜も入ってきました。ズッキーニやナスもその中の一つでした。

 

 「ルネッサンス期は肉より野菜がよく食べられました。ナスなどは大切な食材だったのですよ」とステファヌさん。

 

 フランソワ1世によって洗練されたフランス料理は、その息子の嫁としてイタリアからやってきたカトリーヌ・ド・メディシスによってさらに高度に洗練されていくのでした。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、食事に来るように妹を呼んできてくれと息子に頼んだら、息子がポケットから携帯取り出した」

 

VDM (Vie de merde)より





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フランソワ1世を巡る旅 その3 [サントル・ロワール地方]

 フランス国王フランソワ1世の足跡を辿る旅の三回目は、ロワール川古城巡りツアーの中でも名所中の名所、シャンボール城を訪ねます。

Paris_Chambord.jpg



 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2015年7月22日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。



 シャンボール城を空から見るとこんな感じです。

 

 ロワール川のお城の中でも一番大きなお城です。建てるのに25年かかったと言います。

 

 こうして見ると敷地の広さに驚かされます。しかも周りには広大な森が広がっています。

 

 地上ではツーリストの皆さんが写真撮影に余念がありません。

 

 入り口には朝から人の列ができています。

 

 「ニュージランドからきました」

 

 「台湾からきました」

 

 「コロンビアからですよ」

 

 世界中から見学者がやってきます。

 

 「大きい塔に小さい塔・・・ほんとに美しいです」

 

 確かに、ゴーシャズで美しいお城です。

 

 毎年150万人がここを訪れ、そのうち80万人が中を見学していくそうです。

 

 最近、お城に導入された見学用ツールがタブレットです。

 

 受付でタブレットをレンタルし、こうして所定の場所にタブレットをかざすと、16世紀さながらにレイアウトされた部屋を体験することができます。

 

 「これはすごいですね。当時さながらの外の風景も少し見えます」と見学者の女性。

 

 「これはすごい。ほんとに当時の部屋に迷い込んだ気分です」と別の女性。

 

 シャンボール城といえば、この2重螺旋階段。会津若松にあるさざえ堂と同じで、階段を上る人と下りる人が顔をあわせることなく移動できるようになっています。

 

 そして上階にある王の間は、ルイ14世の時代になって改築されてしまいましたが、タブレットなら建設当時の様子を再現した映像を見ることができます。

 

 かつては奥行きが27メートル、広さが250㎡もある、シャンボール城の中でも最大の部屋だったようです。

 

 「タブレットなら、実際のお城に手を加えることなく、時代を遡って、当時の様子を再現することができます」とお城の方。

 

 一方、外ではお城の石垣の工事が続いていました。

 

 これだけ広大な敷地を囲う石垣を作るとなるとそれなりの費用と時間がかかります。

 

 この作業、500年前から続いているそうです。これはちょっとやそっとでは完成しなさそう。

 

 「王様は狩りをする時だけここにやってきました。ですからそう長くは滞在しなかったのです」と関係者の女性。

 

 その狩りの場所となったのが広大な森です。お城のおかげでここには手付かずの自然が残されています。

 

 カメラを設置して撮影をしている方は動物専門の映画製作者。美しい自然の風景が撮影できるようです。

 

 また、最近は4輪駆動車で森を散策するというアクティビティも始まりました。

 

 豊かな自然に囲まれたシャンボール城。美しい油絵のような風景を見せてくれました。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、森で友達と一緒にジョギングをしていたら、イノシシに襲われた。友達によると僕が悪いらしい。『お前が汗をかくとイノシシみたいな匂いがす。だからその匂いに引き寄せられたのさ』でも、イノシシみたいな匂いってどんな匂い???」

 

VDM (Vie de merde)より





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フランソワ1世を巡る旅 その2 [サントル・ロワール地方]

 フランス国王フランソワ1世の足跡を辿る旅の二回目は、王様が大切にしていた陶器に注目してみましょう。

 

Paris_GienAmboise.jpg

 

 下記ウィンドウのクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2015年7月21日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。



 アンボワーズ城とジアン城、この二つに共通するものと言えば、ロワール川の岸辺にあること、どちらもルネッサンス期に造られ、フランソワ1世と深いつながりがあること。


 そしてもう一つ、忘れてならないのが、陶器です。


 重さ100キロほどのこの大きな花瓶は、フランソワ1世の花瓶です。確かに、サラマンダーの装飾が施されています。


 この花瓶、ここを出て、アンボワーズ城で展示されることになっています。


 割れてしまっては元も粉もありません。念入りに梱包されます。


 ジアン(Gien)では19世紀ころから陶器の生産が始まりました。


 このような、花瓶、お皿などルネッサンス風の陶器を作っていたそうです。


 黄色とブルーの斜めのストライプ模様はフランソワ1世のシンボルだとか。そして、装飾は16世紀のイタリア風に仕上がっています。


 さて、梱包された花瓶は2時間後にアンボワーズ城に到着です。


 今回、お城では陶器の展示も同時に開催されるそうです。フランスの歴史を身近に感じてもらおうと企画されました。


 フランソワ1世について見学者に聞いてみると、皆さん「1515年」と口を揃えておっしゃっていました。


 1515年はフランソワ1世が王に即位した年です。どうやらフランスでは必ず歴史で学ぶ事柄の一つのようです。


 王様がアンボワーズ城に来たのはまだ4歳の時のことでした。王様になるまでは、このツゥール地方で育ちました。


 「1515年1月1日に王様になった時、フランソワ1世は二十歳でした。当時はこのお城に住んでいました」


 これが若かりしころの王様の肖像画です。長髪ですね。


 そして、こちらが6年後の王様。


 あごひげをはやして、髪は短くカットしています。ヒゲは顔の傷を隠すためにはやしたとか。


 そして、シンボルマークのサラマンダー。王位につく前からこのマークを使っていたそうです。


 「フランソワ1世は、芸術作品や建築物などあらゆるものにこのサラマンダーをマークとして使いました。今でいうロゴのようなものですね」とお城の方。


 フランソワ1世の時代はイタリア・ルネッサンスの影響を受けた時代ですが、王様のイメージは様々なようです。


 「フランソワ1世は情熱的な人でした。その興味は様々なものに渡っています。そして何より女性が大好きでした」とお城のガイドの方


 やはり女性好きでしたか。そのようなことを歴史で教わったような気もします。ガールフレンドなんかたくさんいたのかもしれません。


 さて、陶器の生産で知られるようになったジアンでは、現在、ロワール川沿いのお城を描いた陶器を製作・販売しているそうです。お土産用として売れそうですね。

 


******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、ボーイフレンドに赤いバラをプレゼントした。すると、花瓶を探すのが面倒だったのか、そのバラを水をためた洗面台にさした」

 

VDM (Vie de merde)より





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