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バスティーユ [パリ]

 つい2ヶ月ほど前から、週に4回ジムのプールで泳いでいたのを3回に減らしたところ、じりじりと体重が微増。そしてついに1キロ半増えてしまった(涙)。

 30分ほどの水泳を1回減らしただけでこの効果。恐るべし。

 昨日のグルメ記者が ”水着を着てお腹ぽっこりじゃ嫌でしょ” と言ってたのが、急にわが身にふりかかってきた感じで、手遅れにならないうちに対策を講じねば!

 それはともかくとして、7月14日はフランスの革命記念日。恒例のエッフェル塔の花火が→こちら

 ゴージャスですねえ〜。コンサートも開かれたようで、最後は国家ラ・マルセイエーズの斉唱で締め。

 今からちょうど130年前の1789年、パリの民衆がこの歌を歌いながらバスティーユに向かったと言われています。

 そのバスティーユという場所は今でも残っていますが、牢獄は跡形もなく消えてしまいました。しかし、3Dでその姿が蘇ったそうです。

Paris_Paris.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2019年7月14日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 こちらはパリのバスティーユ広場。

 130年前にはこんな城塞が建っていました。今でいうと10階建てのビルに相当するそうです。

 そもそもはパリ東部の防御のために作られたものでしたが、時代の変遷と共に用途が変わり、牢獄として使われ始めました。そのため、革命当時は国王の暴政のシンボルになってしまったのです。

 では中に入ってみましょう。ここには数世紀にわたって数千人の罪人や政治犯が裁判の手続きを踏むことなく収監されていました。

 その中には、ヴォルテールやサド侯爵などよく知られた人物もいました。

 1789年7月14日、群衆はここに収監されていた7人の釈放を求めました。しかし、本当の目的は別のところにありました。

 それはここに隠されていた武器・弾薬だったのです。

 一向に進まない交渉にしびれを切らした群衆の一部がなだれ込み、これらを奪い去っていったのでした。

 そしてこの3ヶ月後、国王を捉えるべくベルサイユに向かった際に使用されたとか。

 なんだか血なまぐさい事件・・・。

 専制君主の手から民衆が政治を奪い返したという意味では記念すべき日なのでしょうが、花火がきれい、なんて言ってる今が信じられませんねえ〜。

 その後、牢獄は少しずつ石がなくなり、2年後にはすっかり姿を消してしまったそうです。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、7月14日のロンドンで、フランス人らしくしろと言われて、ベレー帽をかぶりラ・マルセイエーズを歌わされた[あせあせ(飛び散る汗)]

VDM(Vie de Merde)より




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