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エッフェル [パリ]

 今週の日曜日、3月31日に、パリのエッフェル塔が130歳の誕生日を迎えるそうです。

 そこで今日は、その生みの親であるギュスタヴ・エッフェルの足跡を4分弱で辿ってみましょう。

 Paris_Paris.jpg


下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局France 3で2019年3月25日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 こちらの山高帽子の男性が、あのエッフェル塔を作ったエッフェルです。

 しかし、エッフェルの残したものはエッフェル塔だけではありません。

 こちらはフランス中央山岳地帯のカンタル県にあるガラビの高架橋(viaduc de Garabit)。

 美しいですね。エッフェルの手によるものです。

 長さは560m、高さは120m。3000トンの鉄が使われているそうです。このアーチ、どことなくエッフェル塔を思い起こさせます。

 1884年、この高架橋の完成とともに、エッフェルはその技術を確立し、風という見えない敵にも打ち勝ったのでした。

 「この様式の橋なら、風が通り抜けるため風圧を受けにくく、橋の耐久力が増したのです」と専門家。

 この高架橋ができたことで、初めて山岳地帯とパリが鉄道で結ばれたのでした。

 ここはサン=フルール駅(Saint-Flour)。高架橋を走る列車に乗ってみることにしましょう。

 いよいよ高架橋に差し掛かりました。

 「当時はここを渡ることは冒険だったんです。乗ってみようと思う人は多くなかったようです」

 確かに、この高さとスカスカの橋はちょっと怖い。

 橋といえば、エッフェルさん、世界のあちこちで作ったようです。ベトナムの紅河にかかる橋、ポルトガルのポルトーにある橋等々。

 その技術は橋だけでなく建物にも応用されました。これはブダペスト駅。さらに、ニューヨークにある自由の女神の構造を考えたのもエッフェルでした。

 各方面で活躍していたエッフェルさんですが、19世紀末に起きたパナマ事件で財産の一部を失い、さらにパナマ運河の事業からも撤退を余儀なくされました。

 さて、パリ16区にはエッフェルの研究所があります。ここには世界最大の風洞が設置されています。ここで、ものが風によってどのような影響を受けるか実験していたそうです。

 そして106年後の今もなお、研究所としての役割を果たしています。

 最後はやっぱりエッフェル塔に登場していただきましょう。

 階段を上がる男性はエッフェルのご子孫(ひひひ孫さん)。

 3階まで上がると、そこにはエッフェルの事務所があります。あれ、エッフェルさんらしき方が・・・蝋人形でした。当時の様子を再現してあるようです。

 「これは私が11歳の時に撮った写真です。とても誇らしかったですねえ」

 現在は一部屋しか残っていませんが、かつては100㎡の住まいがあり、家族が休養のためにここにやってきたそうです。

 「祖母は若い頃に喘息を患っていたため、海抜の高いところに行くようにすすめられていました。それで午後になるとエッフェル塔のこの事務所にやってきて、パリの眺めを楽しみながら数時間を過ごしていたそうです」

 エッフェルは91歳でこの世を去りましたが、その名はパリのシンボルと共に歴史に刻み込まれたのでした。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、歩道に50ユーロ札が落ちていたので腰をかがめて拾おうとしたら、風が吹いて、お札が隙間から下水に落ちてしまった。ちぇっと言いつつ起き上がった途端、自分の携帯を下水に落とした[もうやだ~(悲しい顔)]

VDM(Vie de Merde)より



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