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週末はベイルートで [パリから週末旅]

 日曜日は恒例の週末旅。

 今回はレバノンの首都ベイルートを旅します。パリからは空路の直行便で最短で4時間半。

 レバノンはシリアにも隣接してますし内戦もありました。なんとなくきな臭い感じがしますが、ベイルートの今は平和なようです。

 では出発!

Lebanon_Beyrouth.jpg


下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2019年6月22日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 この風景、どこかですでに見たような・・・と思ったら、テルアビブでした。近代的高層建築が並んでいるところはそっくり。

 とは言っても、人類がこの地にやってきた5000年前と変わらないものがあります。それがこの岩(青印)。“鳩の岩” と呼ばれ、ベイルートのシンボルのようになっています。

 この岩がよく見えるテラスで待ち合わせたのはマリオさん。

 「ここは様々な人々が集う大切な場所なんです」

 マリオさんはベイルートでよく知られたカフェを経営しています。

 なるほど、これは特等席ですねえ。有名な理由がよくわかります。ヨーロッパからの観光客がよくここに来て写真を撮っていくそうです。

 次は中心街に行く前に、レバノン東部のベカー高原にある古代の遺跡を見に来ましょう(赤印)。ここにはグレコ・ローマン様式の3つの神殿が残っています。

 こちらはその中の一つ、ジュピター神殿。世界で最も高い神殿として知られています。現在、修復工事が続けられています。

 ジュピター神殿の向かいにあるのがバッカス神殿。西暦200年頃に造られました。保存状態が良く、細かな装飾が施されているのがよくわかります。

 「ここにいると自分がとても小さくなった気がします」と女性。

 「現代のような高度な技術がなかった頃に、よくもこれだけの石の塊を運んだなと思います。大変な作業だったはずです」と男性。

 確かに、これは並の大きさではないですね。圧倒されます。現代の高層ビルと大して変わらないように見えます。見学の費用は往復の交通費と入場料を合わせて16ユーロほど。

 さて、次はベイルートの中心地にやってきました。そろそろお腹も空いた頃。美味しいものでも食べに行きましょう。やってきたのはレストランTawlet(オレンジ印)。

 「タウレとはテーブルのことです。うちではレバノンの家庭料理を出しています」とオーナー。

 このお店、日替わりでレバノン各地の家庭料理を味わうことができます。

 「私は肉の詰め物料理を作りました。また別の詰め物料理をこちらに運んでくる予定です」とトリポリ出身の女性。

 「今の世代は知らない料理かもしれません。何しろ私たちの祖母や祖父が食べていた料理ですからね」とラ・ベッカ出身の女性。

 どれもすごく美味しそう!ビュッフェ形式になっているのもいいですね。

 「宗教や民族の違いを超えて美味しく食べられる料理を出すように努めています」とオーナー。

 それにしても皆さんフランス語を上手にお話になります。それもそのはず、戦前まではフランスが統治してました。そしてレバノンは「中東のパリ」と呼ばれた時代もありました。

 次はそろそろ今晩の宿へと向かいましょう。クレマンソー通りにあるこの美しい建物が今晩の宿。

 19世紀に建てられた邸宅は、1980年代に勃発した内戦時の爆撃を逃れて、現在は宿泊施設に生まれ変わりました。

 「かつてレバノンの家には必ず庭が付いていました。ですから公共の公園というのはなかったんです」とアラブ建築センターの責任者の方。

 中に入るとまるで宮殿のよう。しかし、この邸宅は小さい方なんだそうです。この玄関ホールはイベント会場として利用されているとか。客室はアールデコ調になっています。ここなら優雅な気分で一夜を過ごせそう。

 しかし、1975年から1990年まで続いた内戦時代はそんなことを言っていられるような状態ではありませんでした。それを物語る建物がそのまま残されています。

 ベイルートでは、この内戦の跡を見学するツアーがあるそうです。

 「ここは東西のちょうど分かれ目、つまり内戦の最前線だったのです。その内戦からの復興はかなり進みましたが、戦いの痕跡は未だに残っているんです」と、ツアーをオーガナイズしているアラブ建築センターの方。

 内戦当時の様子が写真に残されています。こちらのタマゴ型の大きな建物は1960年代に劇場として使われていました(緑印)。内戦の嵐に巻き込まれましたが、今もこうして街の中心地に残っています。現在、これを文化センターにする計画が持ち上がっているそうです。

 さて今回の旅の費用は、遺跡見学が16ユーロ、食事代が33ユーロ、宿泊代が100ユーロ、内戦跡見学が17ユーロで、締めて166ユーロ(約20,000円)でした。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、結婚したくなって僧侶に相談に行った。すると、しばらく考え込んでいた僧侶が言った。『よ〜く考えるんだ。何しろ結婚は、敵と寝食を共にするという唯一の戦いだからだね』

VDM(Vie de Merde)より



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