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丘の中からお城 [ミディ=ピレネー地方]

 月曜日恒例の節約晩ご飯は放送がなかったのでお休みです。

 さて、今頃は宮内庁は大忙しでしょうねえ〜。

 連休直前の金曜日には「この仕事は年明けにしましょう」なんて職場でみんなが言ってたっけ。年号が変わるから「年明け」には違いないですね。

 この十連休、なんだかお正月休みが季節を変えてまたやってきたみたいな感じです。

 それはさておき、フランス中南部のとある村で、丘を掘ったらお城が出てきたそうです。

Paris_Degagnac.jpg

下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2019年4月20日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 丘の中から出てきたのがこのお城。ミニチュアではありません。本物のお城。

 立派な建物ですね。25年前にはこの姿はありませんでした。その頃に撮影された家族写真がこれです。

 「この下にあったんですよ」とマダム。

 どんな風になっていたかというと・・・こんな具合になっていたのでした。

 「休暇を過ごすために、ここを購入しました。当時は、小さな鳩小屋のある丘と、その麓には家が建っていたんです。しばらくして土木工事を始めたところ、石の壁、階段、天井、そして暖炉が出てきたんです」とマダム。

 500年前に建てられ、ルネッサンス時代に手が加えられたランティス城(château de Lantis)はこうして再び現代によみがえったのでした。

 お城の扉はそのまま完全な形で残されていたそうです。

 「大きなびょうが打ち付けてありますが、敵が斧扉を壊し、中に侵入してくるのを防ぐために打ってあるんです」

 発見された当時、建物の壁は半分崩れていました。

 「今、私たちがいるこの部屋は、当時、こんな風になっていました」

 確かに、崩れてますね。暖炉も崩れて中に木が生えていました。

 下の階には大広間がありました。また小さな礼拝堂も見つかりました。古そうな天井・・・。

 見つかったのは建物だけではありません。古文書も見つかりました。マットレスとタバコの葉の間に挟まっていたおかげで、きれいな形で残されていました。

 また、かつてのお城の生活ぶりをうかがわせる日用品も発見されました。欠片になった陶器は16世紀のものもあるとか。復元作業も行われています。

 さらに、お城にはまだまだ発掘しなくてはならない区画が残されています。家族総出で発掘作業!

 おかげで、大砲用の開口部も見つかりました。500年も前に建てられたのなら、100年戦争の痕跡も残っているのかもしれません。

 このお城、フランス革命後に売りに出されたところまではわかっていますが、その後、荒廃し、丘の中で眠っていたようです。

 しかし、土を持ってきて埋めたとしか思えませんが、どうしてそんなことしたんでしょう?謎です。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、古いシャトー・ホテルで受付をしているが、シーズンオフで休業中。お客は誰もおらず、いるのは私だけ。しかし、さっき36合室から内線がかかってきた・・・[あせあせ(飛び散る汗)]

VDM(Vie de Merde)より


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暖炉 4 [ミディ=ピレネー地方]

 わが家では、“ルノーでは車は売れないよねえ〜、日産だから世界で売れる。ルノーには日産が絶対必要だけど、日産はルノーとくっ付いていても、もうそれほどの旨味がないんでしょうねえ〜”、てなことになっております。

 因みに、現在の仏大統領の公用車はプジョー。

 それはさておき、本日は暖炉シリーズの最終回です。フランス南部ガスコーニュ地方を訪ねます。

Paris_Lupiac.jpg

下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2019年1月10日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 こちらが本日の暖炉。どっしりとした頑丈そうな暖炉。

 ここはカステルモール城。世界にその名を知られた人物が生まれたお城です。

 場面は変わって今は17世紀。一人?いや二人?いや三人の男がお城に向かいます。

 三人と言えば、そう、三銃士。三銃士と意気投合したのが、ダルタニアン。そのダルタニアンが生まれたのがこのお城だそうです。

 暖炉の前で体を暖めている方がダルタニアン。もちろん本物ではございません。この方、ダルタニアン協会の共同代表を務めるアントワーヌさんです。

 「ダルタニアンは二十歳になるまでこの城で育ちました。その後、銃士になるためにパリに向かいます」

 この協会、ダルタニアン好きが集まってできた協会のようですが、いろいろ再現したり研究したりしているようです。

 「ダルタニアンはここで両親や祖父母とともに暮らしていたはずです。特にこの暖炉の前で過ごすことが多かったでしょう。この暖炉は家族の中心的役割を果たしていました」

 皆さん、テーブルを囲んでお食事?17世紀の食事の時間はこんな具合だったようです。

 暖炉のあるお部屋を眺めてみると、これといった装飾はありません。全体にとてもシンプルで、暖炉もゴツゴツした石のみ。

 このお城、どうも地方のプチ貴族の住まいだったようです。

 「暖炉には見事な彫刻などは施されていません。だからこそ本物なんです」と協会の方。

 「この地方の石を使って作られています。しかも、割れた石や破片も使われています。農家の暖炉とあまり変わらないんです」と男性。

 この時代、暖炉は料理にも使われました。串刺しにした動物の肉を焼くのに発明された装置がこれ。歯車を使って串をくるくる回すらしい。しかも火までの高さも調整できるとか。

 さらに、暖炉は金庫の代わりにもなったそうです。時には隠したことを忘れてしまうこともあったとか。

 「古い暖炉から硬貨が出てきたり、家族の大切な書類が見つかったりすることがあります。暖炉の奥に大切なものを誰にも見つからないようにしまっていたようです」

 ダルタニアン協会のお三方、お元気ですねえ〜。

 終わり。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、そして2年続けて大晦日に彼女に振られた。二度あることは三度ある。来年は・・・

VDM(Vie de Merde)より



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暖炉 3 [ミディ=ピレネー地方]

 薪の炎がゆらゆら揺れて、寒い冬を暖かくしてくれる暖炉。その暖炉をめぐる旅の三回目です。

 今回もさらに南に下って、ピレネー地方の小さな村モンガイヤール(Montgaillard)にやってきました。

Paris_Montgaillard.jpg

下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2019年1月9日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 人口850人ほどの小さな村の向こうに、頂が雲に隠れたピレネーの山々が見えます。

 村を流れているのはアドゥール川。美しい眺め。

 グレーの家々の中にオレンジいろのレンガの煙突が目にとまりました。ここが本日お訪ねするお宅です。

 大きなお家ですね。建てられたのは、なんと西暦750年。代々同じ家族がこの家で暮らしてきたそうです。現在の当主はジャン=ルイさん。

 ドアを開けて中に入ると、おお、アルーヌーヴォー調の暖炉。

 「私の特等席はここなんです」と、暖炉の中に作られたベンチに座るジャン=ルイさん。

 テレビがなかった頃はここでずっと本を読んでいたそうです。遅くまで起きていても誰にも文句を言われませんでした。

 暖炉の中にはストーブが設置されています。ここが唯一昔と変わったところ。あとは、全く同じです。両サイドのベンチも、細工の施された外装も、昔と変わりありません。

 家族が暮らすとなると設備も近代的にならないと暮らしにくいですね。ストーブがなかったら、煤ですごいことになっていたかもしれません。

 「ストーブを設置しても、元の姿を壊すことにはなりません。昔はここで料理も作っていましたよ」

 こちらの女性がジャン=ルイさんの奥様。この暖炉でお料理されたかどうかは定かではありません。

 「初めてこのうちに来た時、このテーブルを見て驚きました。うちには普通サイズのテーブルしかありませんでしたからね」

 せっかく大きなテーブルがあるようですから、親戚一同をお茶に招待しました。

 お茶のお菓子は、トゥルトと呼ばれる焼き菓子。

 皆さん、この大きなうちで暮らしたことがあるようです。

 「あちら側はとっても寒いのに、こっちの暖炉側はひどく暑かったのを覚えてますよ」と女性。

 確かに、暖炉の前は顔が真っ赤になるくらい暑いのに、後ろの方に下がってみると外の寒さが伝わってくるくらい冷えてたりします。

 さて、最後に登場したのがジャン=ルイさんの貴重なコレクション。様々な古い道具が集められています。それもピレネー地方で使われていたものばかり。

 こちらは野生動物たちを捕まえるためのワナ。

 「これなら動物を傷つけないで捕まえることができます」

 コレクションを見せてもらったらまた暖炉に戻りましょう。

 薪をくべる時間です。この部屋だけは一年中、炎が絶えないそうです。

 続く・・・


******* フランス人のつぶやき *******

今日、新年の目標について家族で話し合った。そして皆が私にこう言った。『彼氏を見つけないこと』大惨事はもうたくさんなんだって[あせあせ(飛び散る汗)]

VDM(Vie de Merde)より



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個性ある小さな市町村5 [ミディ=ピレネー地方]

 「個性ある小さな市町村(Petites Cités de caractère)」の称号を持つ村を訪ねるシリーズも最後となりました。

 五回目の今日は、フランス中南部アヴェロン県の小さな村コンブレ(Combret)を訪ねます。

 人口は270人ほど。赤い石でできた家々がこの村の特徴です。

Paris_Combret.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2018年10月26日に生放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 山奥にひょっこり現れる村。階段状に肩を寄せ合うように石の家が並んでいます。

 「ここの秋はいいですよ。色づいた木々に光が降り注いでとても美しいです。コンブレは秋に来るのが一番です」と女性。

 遠くからの姿を堪能したら、村の中へと入ってみましょう。

 目を引くのは、やはり建物の色。太陽の光によっては緋色から紫へと色がうつろいます。

 建物はこの地方に豊富な赤色砂岩で出来ているそうです。

 それにしてもすごい道ですね。石がギシギシに敷き詰められていて歩きにくそうな感じ。でも、坂道なら滑らずに済むかもしれません。

 こちらはアリスさんのお宅。アリスさんのお年は88歳、この家で生まれたそうです。村の歴史の生き字引のような方。

 昔は別の場所から水を汲んでこの村まで運んできたようです。

 この立て込んだ地域、つまり村の中心地には約30人ほどが住んでいるそうです。その他はそれを取り囲む郊外で暮らしています。

 そんな村の暮らしに惹きつけられ、都会から移住してきた人もいるとか。

 皆さん、ペタンクを楽しんでらっしゃいます。試合だけあって本気だそうです。後ろの壁にはスコアボードみたいなのがかけありました。

 一方、噴水のある広場にはオーベルジュがあります。料理が美味しいと評判です。

 シェフは女性、ブリジットさんです。今から10年ほど前にこの村に移住してきました。

 料理はすべて地元産の食材を使っています。川魚が美味しそう。そういえば村の麓には川が流れてましたっけ。

 「材料は麓まで行って買い揃えてきます。もちろん自分の手で持って上がってきますよ」とブリジットさん。

 階段状の村は、交通がちょっと不便ですね。でも、体を鍛えるためと思えば耐えられるかもしれません。

 コンブレは「個性ある小さな市町村」の称号を獲得してから観光客が増えたと言います。

 「村が活性化されるのでいいことだと思います。それに、外から人が来て、いろんな話ができるのもいいですね」と村人。

 麓のランス川には古いアーチ型の橋がかかっていました。美しい眺め・・・。

 川岸を歩きながら秋色に染まった村の姿を堪能するのもいいですね。

 「個性ある小さな市町村」の称号を持つ村々は確かにそれぞれに強い個性を持つ村々でした。

 終わり。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、妹が口紅をつけられないなら幼稚園には行かないと言う。妹によると、私みたいに男の子に相手にされなくなるのはごめんだそうだ

VDM(Vie de Merde)より



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夏の終わり [ミディ=ピレネー地方]

 東京は昨日から急激に気温が下がりました。それと同時にお天気も崩れましたが、あの酷暑よりは数段マシです。

 週末から週明けに少し暑くなるようですが、朝晩が涼しいので問題なし。いよいよ夏も終わりです。

 夏真っ盛りの頃、タンスの奥深くにしまってあるダウンジャケットを見て、こんなのが必要な季節は永遠にこないんじゃないかと思ったほどでした。

 しかし、季節は確実に少しずつ歩を進めているようです。

 フランス南部ピレネー地方では、山でひと夏を過ごした羊たちが麓の牧場に戻り始めています。

Paris_Estaing.jpg



下記のウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2018年9月10日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 ここはピレネー地方にあるエスタン渓谷。羊の群れが山を下っていきます。

 雄大な自然の中を一歩ずつ進んでいく羊たち。夏の3ヶ月を標高2000メートルの山で過ごしました。

 その羊たちを先導しているのが羊飼いのステファヌさん。

 「ここは静かでいいところですよ。離れがたいですねえ。ゆっくりのんびり下っていきますよ」

 羊の数はなんと500頭。この辺りはハイカーも多く、偶然、羊の群れに出会ってびっくり!なんてこともあるそうです。

 「これだけの羊が誰も何もしないのに前の羊について順繰りに山を降りていくなんてすごいですね」と男性。

 9月になると羊飼いは羊を連れて山の麓に戻ってきます。ステファヌさんは一番乗り。

 夏が終わると山の気温は急激に下がり始め、草木がなくなってしまうとか。

 羊たちに混じって牧羊犬や・・・ラマもいます。

 「急がせてはダメです。羊たちが自然に降りていくのを見守るだけです」

 とは言うものの、ここまで混み合ってはなかなか前に進みません。そんな時は、こんな風に羊を担いでしまいます。

 「たまにはこんなことをしながら降りなくてはならないんです」とステファヌさんの息子さん。

 羊くん、おとなしく担がれてました。そりゃそうですね、楽して降りられますから。

 ステファヌさんの牧場はジロンド川の南部にあり、ここからは240キロの道のり。

 まだまだ遠いですね。戻るのに三週間ほどかかるそうです。

 途中、羊たちと一緒に野営しながら帰るようです。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、僕は医学部の一年生。眠れない時は羊を数えるひともいるようだけど、僕の場合は卒業までに必要な授業の数を数える・・・[眠い(睡眠)]

VDM(Vie de Merde)より



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最も美しい村5 [ミディ=ピレネー地方]

 シリーズの最後は、ミディ=ピレネー地方の小さな村カステルノー=ドゥ=モンミラル(Castelnau-de-Montmiral)を訪ねます。

 人口は約1000人、密度は1k㎡になんと12人ほど。

 前の村々に比べると人口は多いのに密度は低いとなると、面積が広いということになりそうです。

Paris_CastelnauDM.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2018年5月18日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 丘の上の村カステルノー=ドゥ=モンミラルは、百年戦争や宗教戦争などフランスの戦いの歴史とともに歩んできました。

 そして、14世紀から15世紀にかけて有力な封建領主がこの地を治めていたことも知られています。

 石畳の通りを歩けば、その歴史の片鱗を見ることができます。

 「こうして散策しながら昔の姿を想像しています」と女性。

 なんだか歴史のロマンをお楽しみのようですが、村の歴史には暗い時代もありました。その一つがカトリックとプロテスタントが激しく対立したユグノー戦争。

 しかし、村は13世紀に作られた城壁に守られプロテスタントの攻撃を阻止することができたそうです。

 集落の北側には広大な森が広がっています。グレジーニュの森と呼ばれ、広さは3,600haもあります。どおりで人口密度が低いわけです。

 森はこのように要塞化された家で守られています。

 その中の一つにお住まいなのがガデス一家。ここはChâteau de Mayraguesというワイン農家。母親のロランスさんと息子さんのダンカンさんが経営しています。

 「ここでは1609年からワインが造られてきました。かつては50,000haにわたってブドウ畑が広がっていたようです。今はだいぶ小規模になっていますが、この地で今もなおワインは作られ続けているんです」とオーナーのダンカンさん。

 フランスで最も美しい村のワイン、飲んでみたいですね。

 村の歴史に詳しいロランスさんが村を案内してくれました。広場の一角に建つ柱Le Pilori。

 「この柱には罪を犯した人をくくりつけて大衆の前にさらしたんです」

 つまりは、さらし台というわけです。

 さて、ぐるりと村を囲んでいる城壁の一部は18世紀に壊されて遊歩道に生まれ変わっています。

 その道はこんな見晴らしのいい場所へと繋がっています。ここからならグレジーニュの森もピレネーの山々も望むことができます。

 この村のもう一つのお宝が教会です。美しい天井画。礼拝堂には14世紀の豪華な十字架の聖遺物が展示されています。

 小さな村にこのようなものがあるとは・・・。かつての繁栄ぶりがしのばれます。

 村のお宝はこれだけではありません。こちらの建物の中には木造の螺旋階段があります。

 「この階段は1848年に作られたものを考えられています。ここには家具職人の一家が暮らしていましたから、その職人が作ったのではないかと言われています」

 アールヌーヴォーの走りのようなデザインですね。

 古い建物に囲まれた村の広場。カステルノー=ドゥ=モンミラルは、フランスの最も美しい村の称号にふさわしい村でした。

 終わり。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、6歳になる娘が、わが家のネコに宝探しをさせるという。おかげで、家のあちこちにキャットフードがばらまかれた・・・[あせあせ(飛び散る汗)]

VDM(Vie de Merde)より



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ミディ=ピレネーの橋4 [ミディ=ピレネー地方]

 橋シリーズの最後は、アヴェロン県にある鉄道橋ヴィオール高架橋を訪ねます。

 今回の橋は鉄でできています。

Paris_ViaduDV.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2017年5月11日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 アヴェロン県とタルヌ県を結ぶ鉄橋。地上116メートルのところに架けられています。

 下から見上げると複雑に絡み合った美しいレースのようですが、遠くからみるとシンプルで華奢な感じに見えます。

 谷に下りてもう少し詳しく橋を見学してみましょう。

 橋を支える土台は石でできています。

 「橋の重量は3,800トンですから、それぞれで1,900トン分を支えていることになります」と国鉄職員の方。

 あれ、国鉄はストライキ中。こんなところで働いてていいんですかね???

 それはさておき、縦横無尽に組み立てられている鉄骨部分を近くで見てみましょう。

 ものすごい数のリベットが使われています。その数100万本。

 工事が始まったのが1895年。鉄骨の組み立てはご覧の通り作業員の手作業でした。

 いやはや足が震えます。あの足場がボキッと折れたらまっさかさまに谷へ転落・・・。

 工事はご覧の通り、両端から少しずつ始められました。

 徐々に二つの距離が縮まって、最後にカチッと連結されたのでした。

 完成は1902年。7年の歳月が流れていました。

 「どうやって繋がるのか、こんなやり方で大丈夫なのかと、皆、興味津々だったようです。地元の人たちは散歩がてら工事の様子を見物していました」と著述家のダニエルさん。

 ダニエルさんたちがおしゃべりしている間に列車が高架橋を通過していきました。毎日14本列車が通過するそうです。

 「毎日通りますが、ここからの眺めはとても素晴らしいです」と乗客。

 橋の長さは460メートル。時速80キロで走っても6分弱かかります。となると外の風景をわりにゆっくり楽しむことができそうです。

 さて、この橋、作ったのはあのエッフェルさんかと思いきや、別の方でした。

 設計したのはこの方、ポール・ボダン。コンペで選ばれたようです。

 応募者の中にはエッフェルもいましたが、選に漏れたらしい。

 100年以上も前にできた鉄橋ですが古さを感じません。それもそのはず、1年前に修復を終えたばかり。

 こちらは端に下を流れるヴィオール川で釣りを楽しむのが日課になっているフレドさん。

 「あの橋はこの地域の宝ですからきちんと保存しておかないといけないですよ」

 ヴィオール高架橋はまだまだ活躍を続けられそうです。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、重要なミーティンングがあったのに、列車が2時間遅れているという。親切なことに国鉄は代替輸送を用意していた。問題は、それを公表しなかったこと

VDM(Vie de Merde)より



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ミディ=ピレネーの橋3 [ミディ=ピレネー地方]

 橋シリーズの三回目は、スペイン国境に近い小さな村リュス=サン=ソヴール(Luz-Saint-Sauveur)にある橋を訪ねます。

 その名もナポレオン橋。人口1000人にも満たない小さな村に、時の権力者の名前の付いた橋があるとは・・・。

Paris_LuzStSaveur.jpg


下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2017年5月10日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 雪をかぶったピレネー山脈の見える峡谷。ここに架かるのがナポレオン橋。

 近づいてみると・・・あっ、バンジージャンプやってます。恐ろしい・・・。

 この橋の建築は第二帝政時代、つまりナポレオン三世の時代にさかのぼります。

 19世紀の中頃、この峡谷を流れる川が氾濫し、すべての橋を破壊してしまいます。

 そこで断絶してしまった二つの岸をもう一度つなごうと橋の建築に乗り出したのがナポレオン三世でした。

 ピレネー地方を愛していたナポレオン三世は、妻のウジェニーを連れて度々保養に来ていたとか。

 橋は、川が氾濫しても影響を受けないようにと、この高さに作られたようです。川からの高さは72m、22階建てのビルに相当します。

 工事が始まったのは1859年。完成するまでに3年かかりました。工事中の写真が残されていました。

 「まずは足場の建築から始められました。あの見事なアーチも木造の骨組みから作られました」

 確かに、木造の足場とアーチができているのが分かります。これが石と鉄の欄干になって完成しました。

 「この石のアーチが見事です。このアーチが橋を支えているんです。そして壁、その上の橋桁。どれを取っても素晴らしいですよ」と村の歴史に詳しい住民の男性。

 拡大画像で見ると当時の橋の専門家たちいかに頭をひねって完成させた橋かがよくわかります。

 アーチの一番高いところにはナポレンのNの文字が取り付けられています。

 ナポレオン三世が夫婦で保養に訪れていたのは村にある温泉施設でした。パネルには二人がここに2ヶ月滞在したことが書かれてあります。

 現在はリノベーションされていますが、当時のままに残されているものもあります。ここは皇后ウジェニーが温泉に浸かっていたお風呂です。大理石でできています。

 ウジェニーどうやら不妊治療できていたようです。

 数ヶ月後、皇后が妊娠したため、温泉保養が瞬く間に一大ブームとなりました。

 それから160年ほどのちの今は、バンジージャンプの地になっています。また最近ではジップラインも完備されました。

 「ここは深い峡谷になっていて、そこを川が流れています。しかもこの見事は橋。これほどのロケーションは他にないですよ」とアドベンチャー・パークの責任者。

 ナポレオン三世が作った橋は現在も色あせることなく人々に愛されているようです。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、バンジージャンプを初めて体験してわかったことがある。それは、私は危険な目にあった時、最初に鼻をつまむ習性があることだ

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ミディ=ピレネーの橋2 [ミディ=ピレネー地方]

 橋シリーズの二回目は、モワサックにある、ちょっと珍しい橋を紹介しましょう。

 モワサックは、前回のカオールと同じようにサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路にあります。

Paris_Moissac.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2017年5月8日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。


 こちらはガロンヌ運河。あのワインの産地で名高いメドック地方のあるジロンド河口に注ぎ込むガロンヌ川と、ミディ運河の終点となる都市トゥルーズを結んでいます。

 フィリップさんはニュージーランド出身。運河をボートで旅しています。

 「素晴らしい景色です。毎日、違った風景を見せてくれるんですよ」

 そのフィリップさん、いつの間にか橋の上を航行していました。

 これが今回紹介する運河に架かる運河の橋、カコール運河橋(Pont-canal du Cacor)です。

 下を流れるのはタルン川。運河が橋を使って川を渡っているということになります。

 この橋にたどり着くためには、まずはモワサックの町を通り、小さな可動式の橋と二つの水門を通過しなくてはなりません。

 カコール運河橋はフランスの三大運河橋のひとつ。その長さは356m、幅は12.48m、トゥルーズ製のレンガとケルシー産の白い石でできています。

 ゴシックとはまた異なり、丸いアーチが美しいですね。

 この橋のおかげで、川と運河が交わることなくそれぞれがそれぞれの目的地へと流れていくことができるのです。

 カコール運河橋が作られたのは1846年。ちょうどミディ運河を延長して、ボルドーと地中海沿岸の町セットが運河で繋がった年のことでした。

 1930年、モワサックは大洪水に見舞われます。120人が犠牲となり、タルン川にかかる鉄道橋も破壊されてしまいました。

 写真の向こうに写っているアーチの連なる橋はカコール運河橋です。あれだけの水の重さに耐えられる橋だけあって、大洪水にもびくともしなかったようです。

 「そのため、1931年から32年の2年間、新しい鉄道橋がかかるまで、この運河橋を一時鉄道が走っていたこともあります」とモワサックの文化財担当の方。

 タルン川の水面をスイスイ走っていくボート。運河橋の下をくぐるのが一番楽しいといいます。時にはモーターボートも走っていきます。

 「ここはよく通ります。何と言っても素晴らしい橋ですからね。幅があるのでゆっくりくぐりながら叫ぶと響くんですよ」とボートクラブの会長さん。

 ああ、確かにこだましてました。

 橋の上ではボートと人間がのんびり渡っていくのを、小鳥たちがさえずりながら見守っていました。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、彼女の飼ってるオウムが叫んだ。『ええ、愛してるわ、ローラン!」僕はローランではなくフィリップだなんだけど・・・

VDM(Vie de Merde)より



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ミディ=ピレネーの橋1 [ミディ=ピレネー地方]

 今日から4回のシリーズでフランス南部ミディ・ピレネー地方の橋を紹介します。その造形美をお楽しみください。

 第一回目の今日は、ワイン産地でありサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路にもふくまれているカオール(Cahors)の橋。

Paris_Cahors.jpg



下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧ください。(フランスのTV局TF1で2017年5月7日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。

 

 カオールの町を流れるロット川。この川に架かるのがヴァラントレ橋。

 ご覧ください、この優雅な佇まい。

 「一度見たら必ずもう一度見ます。この橋がなかったら虚ろな気分になってしまいますよ。なんといっても町のシンボルですから」と観光ボートの船長さん。

 この橋はボートから眺めるのが一番いいようです。

 橋の下をくぐるためには水門を通らなくてはなりません。

 「ゴシック様式のアーチ、その上の馬の背のようになった橋桁。中世の橋の特徴がよく表れています。また三角の山形になった橋脚の水よけも特徴的です。これが橋脚を守っているんです」とガイドさん。

 14世紀、100年戦争の時代に作られたこの橋は、軍の防衛施設でした。3つの要塞化された塔が町への侵入者を監視していました。

 しかし、谷間に作られた橋は防衛としての役割は果たしていなかったようです。

 「あちらの丘にヤギを連れて行くのに使われていました。つまり、この橋は実用として作られたのではなく、市民の財力と権力の象徴として作られたのです」

 172メートルある橋の上をサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者が歩いていきます。

 橋の美しさにふと立ち止まって見入っている人もいます。

 「見事な中世の橋ですね。タイムトリップしたような気分ですよ。遠回りしてでも見る価値があります」と男性。

 「何枚も写真を撮ってしまいました」と女性。

 しかし、かつてヴァラントレ橋はこれほど静かな橋ではなかったようです。

 1995年くらいまでラッシュ時には橋の上で渋滞が起きるほどでした。写真家のジャン=ルイさんが撮影した写真がそれを物語っています。

 ジャン=ルイさん、橋の塔の一つに貼り付いた悪魔の写真を撮り続けていたそうです。

 というのも、この悪魔、毎晩ここにやてきてははめ込んである石を取り外して行くと言い伝えられているからです。

 もし本当にその瞬間をカメラに収めることができたら大変なスクープです(笑)。

 この悪魔の伝説について興味のある方は以前の記事を→こちら

 ジャン=ルイさんのスタジオには四季折々の橋の写真が保管されています。

 丈夫そうで優雅なヴァラントレ橋は、水源に近い場所にあるため、19世紀以来、地域の住人に水を供給するのにも一役買っているそうです。


******* フランス人のつぶやき *******

今日、数学の試験だった。試験官の先生が僕の身分証明書を手に取り写真を見た途端、こらえきれずに大笑いしながら立ち去っていった・・・

VDM(Vie de Merde)より



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